スピリチュアル・霊的な視点では人生に無駄なんて存在しない

霊的に見た生きる意味とは

スピリチュアルというものは私は胡散臭くて元々嫌いでした。

死後の世界の信憑性が私の中でかなり明確なものとなり、

スピリチュアルというものを少し信じ始めました。

 

スピリチュアルとは日本語に言い換えれば霊的世界のことです。

霊界というものがこの世にはどうやら存在し、死後の世界として

我々が住まう現実世界と連なって存在するそう。

 

霊界においては現世は修行の場であり、死後の世界はまた現世に

生まれて修行を再開するまでの休息の地です。

そして修行もただただ生きるだけでなく、試練が訪れます。

それが悩みとなって人生にふりかかってくる。

 

今苦しみ、悩んでいること全ては自分が生前に己に課した課題であり、

それを生涯をかけて乗り越えること。

それが霊的に見た人間の生きる意味ということです。

 

これだけでは何のことやらという感じですが、

この霊界の人生の試練というのは自分の弱点をそれはもう痛々しい

までに突いてきます。

そしてなんで自分はこんなにも不幸なんだろうと考える。

 

これは人生の課題として設定してきた乗り越えなければならない

ものなのだから辛いのは当然です。

そして自分の心の弱さと向き合うことになります。

これが霊的な修行です。

 

苦しんでいてもそれは自分で自分に乗り越えるように生前に課してきた

課題であり、自分の弱点なのだから逃げてはいけません。

そして頑張れば乗り越えられるように道筋が用意されています。

 

自分の課題をほっぽりだして逃げても自分は欺けません。

心の奥底には見たくもない闇となって残り続け、人生に暗い影を落とす。

そして心がまた一つ重荷を抱えることになります。

 

逃げても苦しむのなら、多少痛くても向き合って乗り越えた方が

いいと私は思います。

 

自分は特別不幸だと考えがちですが、それは違うと私は思っています。

他人に本当に苦しんでいる様や心のうちというものは誰しも他人には

見せたいとは思いません。

 

つまり他人に自分が幸せだったり成功しているところを見せようとする。

だから人の表の部分だけを見て、苦しんでいたとしても気付けない。

世の中見えてないものの方が多いもの。

自分が特別不幸というのは、自分のことになると負の側面もよく

知っているからというのが原因です。

 

こういった歪んだ認知を正していくことでも心は楽になれます。

生前から決めた人生のターニングポイントを必ず通っている

人はないものねだりをするようにできています。

理想の人生というものに憧れるのが典型的な例です。

 

ですが先ほど述べた通り、人生に試練はつきものです。

必ずつまずく時がきます。

時に無駄な選択をして人生を無駄にした。遠回りしたと思うことが

誰しもあると思います。

 

ですが、人生は生前の課題を克服して一歩先へ進めるように

あらかじめ計画されています。

そのためにあえて遠回りとも思えるような道を選ぶことも

 

本当に全てが無駄か思い返してください。

きっとこれを手に入れるために遠回りさせられたんだと思えるような

何かがあるはずです。

 

それは経験かもしれないし信念かもしれない。

何か大切な今世で拾いたかった何かを拾いにいかされているはずです。

 

そして人生の課題を克服した時、クリアしたことによって

霊界からの何かしらのメッセージを受け取っています。

それは人との出会いかもしれないし何かの情報かもしれません。

 

そこがターニングポイントとなって次のステージへと進むきっかけに

なります。

 

どうして自分はこのルートを辿って今ここにいるのだろうか?

そんなことをよくよく思い返して見ると、紆余曲折ありながらも

自分が望んだ未来を選んでいることに気づけるはずです。

不思議

Posted by あおまる